2016年04月29日

「教え」は必ず誤解される


NHKの「100分de名著」の中で、
『歎異抄』(たんにしょう)が紹介されたので
興味をもって、少し勉強してみました。
歎異抄 (岩波文庫 青318-2)

「歎異」という言葉が、
異端を嘆くという意味のようで
親鸞聖人の教えが誤解されていることに
心を痛めた僧侶が、聖人の正しい教えを諭す、
という書になっています。

しかし、『歎異抄』の有名な一説
「善人なほもて往生をとぐ、いはんや悪人をや。」
に代表されるように、この本の解釈自体が
誤解されることが多かったようです。

ですので、『歎異抄』は聖典でありながら、
みだりに人に読ませるな、
とされていたようです。

ちなみに「誤解」ということが、
分かりにくいかもしれませんが、例えば、
浄土宗は念仏で往生できるという教えなので、
念仏さえ唱えれば、どんな悪いことをしても良い
という考えを招く、といったことです。


あらためて歴史を見てみると、
キリスト教の宗教改革など、
宗教的な教えが途中で誤解されて腐敗し、
ある時に爆発的な改革が起こる、
という流れは「定番」になっています。

宗教に限らず、人生論などの教えは
全て同じ問題を内包しているのでしょう。

特に人に何かを教える時には、
「教え」は必ず誤解される
と言うことをを強く意識する必要が
あると感じました。

いくら教え自体は正しいことでも
誤解されてしまい、
むしろ悪い方向に働いてしまった、
ということは良く起こるのです。
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2016年04月20日

つぶやき 2016/4/3〜2016/4/16

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●主なつぶやき
小学校を卒業して中学生になる。
次のステップに進むときは、
何かをやめなくてはいけないということですね。


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2016年04月15日

制約は障害ではない

そうか、君は課長になったのか。という本で有名な
佐々木常夫さんという著者がいらっしゃいます。

この方は東レ同期トップで取締役となり、
東レ経営研究所の社長となったという
輝かしい経歴をもっています。

ただ、佐々木さんが凄いのは
病弱な奥様を持ち、自閉症の長男を含め
3人の子育てをしながら、仕事で高い成果を
出していた、ということです。

ですから、長時間の残業や休日出勤はできません。
この制約の中で、周りの誰より
仕事の成果を出していたのです。


ただ、この話を聞いて思うことは、
それでは佐々木さんは家庭の事情がなければ
もっと高い成果を上げることができたのか、
ということです。

過去に「もし」ということはありませんが、
もし、佐々木さんが一般的な家庭状況だとしても、
今より高い成果は出せなかった、
それどころか、普通のレベルの成果しか
出せなかったのではないかとさえ思うのです。

つまり、家庭の状況が、佐々木さんを追い込み、
極限まで仕事の生産性を高めることができ、
その結果、高い成果を実現することができた
というのが本当のところではないかと思うのです。

あの上司さえいなかったら…
妻の物分りが良ければ…
こんな部署に配属されていなければ…
と、マイナスに見える制約はたくさんあるでしょう。

しかし、その制約は障害ではなく、
むしろ成果を上げるための資源かもしれません。

困難に陥ったとき、そんな考え方ができれば、
ピンチをチャンスに変えることができるでしょう。
posted by エンジニアライター at 23:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月07日

つぶやき 2016/3/20〜2016/4/2

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●主なつぶやき
キャリアを考える時に一番難しいのは、
自分が何が一番やりたいのかということ。
結局、新卒の就活生と同じ。
新卒の時と違うことは、
選択肢がだいぶ減っている(これはポジィティブ)ことと
自分だけではなく社会に貢献することも
少しは考えていること。

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posted by エンジニアライター at 23:21| Comment(0) | TrackBack(0) | Twitter | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする